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所長のコラム -Vol.19-

故・稲盛和夫氏を悼む

 

 言わずと知れた「京セラ」、「KDDI」の創業者、「JAL」の経営を再建したことでも知られる現代日本を代表する経営者です。去る8月24日死去、享年90。なぜ一介の青年が日本を代表する、しかも大会社の経営者になれたのか。豊臣秀吉にも匹敵する現代の出世物語なのか、何が彼をそこまで引き上げたのか? その足跡をたどってみました。


 日経電子版・「私の履歴書」で稲盛和夫を読みました(日系電子版には過去に掲載されたものを読むことができます)。若い頃の話が特に面白い。これはどこにでもある若者の話です。青白い秀才の話ではありません。幼い頃は泣き虫で親を困らせ、成長してからはガキ 大将。ケンカ早く、遊んでばかりで中学・高校(今でいう高校・大学)の受験に何度も失敗します。まさに誰にでもある「青春の蹉跌」。就職も皆断られ、ツテで入った会社は倒産 寸前の赤字会社、同時入社の同僚(4人)が次々と辞めてゆく中、手違いから辞めそこなって残ります。研究室に配属され商品の開発に当たっていますが、結局上司とケンカして会社を飛び出すのです。

 そこで仲間と語り合って会社を興します。その時応援してくれる人が何人かいるのですね。資本金300万円の大半を出してくれます。思えば父親から中学を卒業したら家業(印刷屋)を手伝えと厳命されていたのを中学の恩師が高校に行けるよう説得してくれるのです。彼は後に多くの人に支えられて今日があると述懐しています。

 では彼には生まれつき人を引き付ける魅力があったのだろうか。でもそれだけでこんな 大事業を成し遂げられるはずは無いと思い、書斎の本棚を物色しました。ありました。昔 読んだ「哲学(人は何のために生きるのか)」と「アメーバ経営」。さらに図書館から一冊借りてきました(「高収益企業のつくり方」盛和塾・経営問答)。

 

 これらの中で言っていることは平易で分かりやすい、誰もがうなずく内容です。ですが 実践する人は少ないと思います。ではなぜ彼は実践できたのか。彼は若いころ、先月号で 述べた松下幸之助の講演会で、聴衆の多くがあざ笑う中、一人しみじみと「ダム経営」に 感動し実践します。会社設立時、恩人が自分の家屋敷を抵当に入れて1,000万円を借りてくれた。京セラは初年度300万円の税引き前利益を出します。これなら3年で返せると思ったところ、経理の担当者から税金などを引くと残るのは100万円程です、と言われ、それでは完済までに10年もかかるのか、と愕然とするのですが、ならば利益処分後でも300万円の利益が残るようにしよう・・・これがいわゆる京セラの原点となる『高収益経営』なのです。「税引き前利益率が10%もないようでは、事業としての値打ちがない」と彼は述べています。ではどうすれば・・・心ある経営者であれば、先の本を読まれることを強くお勧めします。